888. デザインの底力

maemi fuminori [Date 2017-5-30]

She's #lookingup #rotterdam #rotterdammarket #markethall #netherlands

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行ってみたいクレバーな「市場」。

大小問わずこれからの都市・建築に対する考え方に必要なエッセンスが詰まっていて、
個人的にはとても好印象な事例。

暮らしに密着した食の供給のかたち(=市場)を、「家をデザインすること」で複合的に解決している。
(窓が開いてる外殻部分(=建物)が住まいで空洞部分(=トンネル)が市場)

地上を大量の駐車場で埋め尽くすような大型ショッピングセンターはさらに深い洞察を持つ必要があるし、タワマンや公営住宅の未来は少なくとも「食空間と密接にあるべき」だろう。

ショッピングとは何か考え直してもいいし、

購買意欲を促す陳列とはかつて何だっただろうと考え直すのもいい。

各地いろんな食フェスが開催されているが、その一過性の仮設的な場の高揚感(ハレ)を
「恒常的につくる」にはどうすればいいか考え直すのもまた楽しいだろう。

デパ地下的な閉塞感とは異なった、開放的なマーケットの空気感が暮らしには身近に必要だと思う。

この建築ができるに辺り、発注者がどのようなオーダーをしたのか私は知らない。
しかし、「集合住宅やホテルを作ってくれ。市場のような賑わいのある公開空地や広場があるといい」というオーダーだったならばとても見事な回答だと思う。

事業主が建築家や設計事務所にオーダーするということの大義は、決して仕様書通りにパーキングを整備し、安価なスパンドレルを貼り付けて四角く巨大な箱を作りハリボテの内装で演出することではなく、
暮らしを活気づけるために、同時に思わずこんなスナップショットを誰かに見せたくなるような建築を通して、
街の発展をどのようになすべきかを問うことだと思う。
そういう心意気のある事業がこれから増えてほしいと思う。

「市場と街の交流」が視覚的にも、距離的にも分断されるようでは、街は豊かになりきれないという都市現象を建築物のデザイン力(=構想力、企画力、設計力、施工力)で示していて、オランダのデザインに対する国民の理解や強烈な底力を感じる(設計:MVRDV)。

ここで伝えたいのは形の輸入をしろ、こういう形が市場のあり方だということではありません。

※どうしてもご紹介したかったので削除要請がある場合対応致します。

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864. 都市の肌理

maemi fuminori [Date 2017-1-13]

こんな女川町は見たことがない。

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基本設計時の屋根の伸びやかさは大分抑えられ、現実的に納まった駅舎。
今度は電車でも訪れてみたい。きっと高揚感が違うだろう。駅舎とは本来そういうものだ。

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気温が低かったせいもあり、湯温はぬるく感じたが、改札を出てあるのはありがたい。

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展望デッキより。階段でのアクセスのみというのが辛いところだが、レンガ敷の女川港への景観軸が通った明快な構成。
歩いて疲れない距離感と形態の統制で駅前商店街が形成されている。
敢えて言うなら、搬入動線によって店舗に「裏側」ができてしまったことだろうか。
視覚的に回遊性が途切れた環境となっているのが残念だ。
三が日明けもあって賑わっていた。

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企業ともに有名になった今野梱包の「ダンボルギーニ」。お休みだったのが残念。


実際見にいくのが一番ということがよくわかる「街の手本」のひとつとなった。
人生で「街が興る」瞬間に出会うことは希少だからだ。
多くの都市環境はいつの間にかそこにあった場所を受け身のままで慣れ親しみ、街を見ている。
さほど街を主人公に見立てて気にする人は居ないだろう。

都市・建築ほど自分の五感すべてを通して得られる情報量が多い分野はない。
まもなく大震災から六年が経とうとする中で、様々な人が様々な想いで報道や各メディアを通してモヤモヤと感じてきたことが一目瞭然で吹き飛ぶこともあれば、簡単に超えることもある。
また、これまで慣れてきた環境情報の量から一変し、現代的な素材や構成、デザインが立ち現れ、脳は刺激され続けることだろう。
多難を乗り越えてここにある全てを未来につなげることができたらさらに素晴らしい街になるのではないだろうか。

新しさを受け止め前に進む力は大きい。
受け止めるには多くのエネルギーを要するだろう。
新たに学ばなければならないことも多々あるだろう。
もし、書物を通して学ぶことが苦痛なら、良質な街に繰り出せばよい。
街での疑問や気付きをひとつでも汲み取れたなら、それを誰かに話してみるとよい。
優秀な街や建物には必ずなんらかの問いや気づき、刺激をわたしたちに投げかけてくれる。

どの都市も生まれるにあたり難所を乗り越えてきた。
大(都市)も小(都市)も規模で分け隔てする必要はない。
快適さ、清潔さ、明るさ、居てよかった、住んでよかったそう思える環境づくりにシフトしたことが素晴らしい。
須田町長はじめ、内外企業、支援者、コラボレーター、建築家、地元の努力すべてが揃わなければこのような集中的な創造はできない。
逆にそれが短期間で証明できたのは、他の自治体にとっても大きな励みと参考になったのではないだろうか。もちろん、原発立地という前提抜きでは語れない面も大いにあるだろうが。

敢えて、大きな転機が無い限り都市は加齢のままで朽ちる一方である。
かつて綺羅びやかだった「町並みの仕上げ」は劣化し、それだけで人々の心は淀むことさえある。
エイジングという価値観に乗っからない、朽ちるとみすぼらしい素材が多用された街はなおさらである。
昭和中期に流行ったアーケード商店街の劣化は最たるものだ。
路地の舗装、両脇に建つ建築の外観の古びれ、防災上危ない照明灯、電柱や電線、チグハグな袖看板・・・。
これらのカオスを東京らしい、大阪らしいなど評価する一文化もあるし、それを多様性と称する声もあろう。混沌から元気を貰う人もいるだろう。
しかし、それら評価には決して加齢と少子化、財政難、インフラ維持管理という評価軸はない。

この女川町がかつて持っていた「都市の肌理」に対して、この新しい街の肌理は相当に穏やかで、あたたかく、軸線を流れる潮風に万感の思いさえ与えてくれる。
外からの人を迎えるための様々な設えが駅前の花壇のデザインひとつにしても比較的できている。
当然それら設えは、地元の人から見れば誇り高い財産であり、まちの資源そのものである。
さらに引いて見れば、隣接自治体にとっても行ってみたいと思える宝であるし、県単位で見ても同様、それ以上であろう。
言い換えれば、かつての女川やその他のエリアはそのような都市の「肌理」を整えることを怠ってきたともいえるし、そのような宝を増やさなければならない。

今後、復興エリアはその肌理をどう整えてゆくかが大きく問われているし、非被災エリアの人口減少地域も外の人がどう感じて見ているかを意識してまちづくりを施す必要がある。
わかりやすく言えば気持ちよく買い物できること、そこでしか食べれない食材を雰囲気の良い場所で食べれること、都市との情報格差を縮めることのようなインバウンドへのおもてなしやそれによる収益確保、ひいては地元で暮らす次世代への環境投資である。それらを怠った結果、人口流出は歯止めが効かなくなったのではなかっただろうか。それらの補完を各家庭が担ってきた。
よそ(都市)に出ても恥ずかしくないように親がお膳立てをしてきた。
そこには限界があるのだから、都市が、政策が手綱を締め、運営していく姿勢がなければ最小単位の家庭は苦しくなるだろう。都市の魅力と家庭の努力はつながっているのである。

これからの議員や行政職員は都市経営ノウハウやセンスを磨かなければ、補助金頼みで魅力の掛け算ができなくなりやがて目に見える形で立ち行かなくなるだろう。

追記:ITmediaに以下のような記事もありましたので貼らせていただきます。
杉山淳一の「週刊鉄道経済」

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826. 路地裏の記憶

maemi fuminori [Date 2016-7-14]

今朝はどうもセミが鳴き始めた様子。
先日、7ヶ月ぶりに精を付けに『cafe634』へ。エネルギーをもらいました。
はじめて1階カウンターで食べたのですが、こちらも落ち着きますね。

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さて、隣の角地(写真634の奥)がRC造のビルに建て変わりました。
634は地区計画で壁面位置の制限があり、セットバックが必要だったのですがどうもそうではないらしく、敷地一杯に配置されていました。

事務所に戻り、地区計画を復習。
敷地が不整形であったり、規模が小さい場合には別途運用基準がある」と書かれてる。

セットバックすると土地活用が図れないと認められるもの、敷地面積が50平米未満のものなど
細目が決められていました。

地積更正した際の隣地の地積を確認するとなるほどこの運用基準に合致しているのでしょう。
634もいかに内部の有効間口を獲得するか苦労したので、設計者もだいぶ骨を折ったことと察します。

とはいえ、634の建替え前からこの通りを工事中含め見てきて、4m道路の細い街並みにも確実にある種の変化を感じました。

建物は土地の法規制の条件が変わらないかぎり、よほどアクロバティックなことを考えないかぎり、常識的な範疇で建替しても大きく形状が変わることはそんなにはありません。ましてや、土地活用で床を増やしたいとなれば、尚更最大容積が取れるヴォリュームを法規制ギリギリまで攻めて確保しようとする傾向。

それでも、構造形式や仕上げ材、プロポーションで大きな視覚的変化が生まれます。
1階をポーチやピロティのように開放的にしつらえるだけでも違うし、壁面が多ければ、沿道に対しての色彩計画を綿密に練るとか、施工性や土地活用の効率、効果以外に考えるべきこと、配慮すべきことが実はたくさんあります。

634はカフェ好きの間で喩えられる「路地裏の猫」のような存在ってどんなだろう?と模索してうまれました。ポーチの奥行きひとつ決めるにもお施主さんと共に、寸法や入口の位置など丁寧に道の雰囲気、ガラス開口面積、店内の見え隠れ加減など、実情に即して進めたのを思い出します。

それによって、「道の空気」が変わるんですね。つまり、歩く人々、そこに目的がない人々の気持ちも変わる。
晴れやかな気持ちに変えてこそ、建物がそこに居座る価値があると考えています。

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785. 『建築家 フランク・ゲーリー展 "I Have an Idea"』(2)

maemi fuminori [Date 2015-11-06]

展示風景の前に、もう一度1987年《フィッシュ・ダンス》から。
ゲーリーと魚、魚から建築へ。

幼少期のトラウマ
ゲーリー少年はおばあさんに連れられて、木曜の朝にトロントのユダヤ人市場へよく行っていたそうです。
おばあさんはそこで30~60センチほどの黒い鯉を買ったそうです。
家に帰ると、おばあさんは浴槽に水を張り、その大きな鯉を入れたそうです。
優雅に泳ぐ鯉を見てゲーリー少年は自分も体をねじらせ夢中で遊んだそうです。
ところが、その鯉はユダヤ料理のひとつ「Gefilte fish」をつくるために買ったため、すり身にされてしまいました。
その捌く光景が少年には酷く、悲しい記憶として刻まれたそうです。
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「Gefilte fish」wikiより

建築家となったゲーリーは来日します。
ある時、池を優美に泳ぐ鯉のフォルムに勇気づけられます。
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その美しさから、エレガントな建築に憧れるようになり、長年の形態研究を経て、ウォルト・ディズニー・コンサートホールやビルバオ・グッゲンハイムなどの「建築に動きを与える、流動的な建築」に昇華していったそうです。
水の中でたゆたう魚のように大気の中でゆらめく建築。
水を得た魚のように水や空気、光の中でイキイキと振る舞う建築がゲーリー建築といえそうです。
ほんと日本でトラウマを克服できてよかった。魚座だからじゃなくてよかった。

1983年、ゲーリーは高圧ラミネート樹脂メーカーのフォーマイカ社から生産した新しいプラスチックを使ったいくつかのオブジェ制作の依頼を受けます。
高圧ラミネート樹脂がどんなものかというと、ご家庭のキッチンカウンターの扉とか安価で手入れしやすい収納家具などの表面化粧板です。
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このような樹脂板

ゲーリーは作業中、誤ってひとつの作品を落としてしまい、床に破片が散らばってしまいました。
その片鱗を眺めているとき、それが魚の鱗に見えてきて、そこから《fish lamps》の一連の作品が生まれたそうです。
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こういうストーリーがあって、1987年、神戸メリケンパークの《フィッシュ・ダンス》も生まれたんですね。
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脱線しましたが、彼の建築の背景が幾分見通し良くなりました。

次回に続く

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