1050. ノートルダムを想って

maemi fuminori [Date 2019-4-19]

院試の受験勉強中、恩師から勧められた書籍のひとつに『ヨーロッパ建築史|西田雅嗣著』があります。

時代区分や様式の特徴の変遷が丁寧に紐解かれており、学生当時、講義で使う資料集では全く理解できなかったのに、この本で建築技術とはなにか、洗練とはどういう過程を経たのかがすーっと理解できたのを鮮明に覚えています。良い教科書ですので興味のある方は読んでみてください。

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まもなく終える平成はショックな災害、凄惨な事件を目にする事が多く、それらがネットでリアルタイムに世界中で共有できてしまう事が昭和と大きな違いの一つでもありました。
先日のNotre Dame de Parisの大火災も言葉になりませんでした。
それでも焼け落ちてしまった尖塔について即座に国際デザイン公募を実施しようと決める"スピード感"は多いに評価できると同時に、公募案をみんなで見ながら"有り得べき方向性について議論できる土壌"を国として用意しましょうとういう民主主義的態度にも大いに共感できるものでした。

SNS等では火災前の状態に復元してほしいという素直な声が多く寄せられています。
一方で既に

・ペントハウスにして開放する
・尖塔は復元しつつ、屋根をガラス屋根に変えてトップライトにする(ルーブル・ピラミッド的)

などの画像が出回り、やはり議論喚起を始めています。
僕はこう思う、私はこうであってほしいと忌憚なく言えて、それを互いに尊重しながら思慮深さを増すことは建設的で良いことで、日本も公共性に対してこういう社会に成熟してほしいと切に感じます。
我が国は少子高齢化で技術開発が先細りになろうとしていますが、一方でロボットやAIを用いた建設技術も発芽しています。それらの発展は途上国への技術貢献にも大いに役立つものです。

幸いにもノートルダムは3Dデータが作られているという記事や、3Dスキャンで測量した動画、オンラインゲームの世界でパリを舞台にノートルダムまで再現した背景データの活用は可能か?など、情報アーカイブスを頼りにできることも現代の強みであり、その点で海外は文化財保存のソフト対策としても進んでいると感じます。実際ネットで3Dを検索すると5万円くらいで購入できる精巧なモデルデータも存在します。もし、日本のゲーム業界が都市データを作成したり(そんなゲームを本気で作ったり)、災害時に建設業界や行政とデータ共有できるような連携協定を結べたりすることはリスク分散の上でも有用ですし、新たな職能や雇用機会が産まれます。

先日、寺社仏閣においても緊急点検が指示されたものの、もし燃えた時、それは「すべてを失うのだ」ということの意味をもう一度噛み締め、再建しようと思い立った時にすぐ使えるためのデジタルアーカイブの整備、拡充はぜひやってほしいと感じます。ノートルダムでも大工が現場で描いて柱の裏に貼り付けたようなちょっとしたメモも消失してしまったと考えると、私たち設計者のデータや図書の保管体制が如何に大事であるかも十分理解できます。もちろんどんな災害、どんな建物においてもです。

公募について、個人的には"尖塔のデザイン募集"といっても当然、屋根も、「森」と呼ばれる小屋組みも、トランセプト(交差部)上部の崩落した組石のヴォールト天井の復元や肌具合の修復も含めて全体像を捉え、提案する必要があると思うので、尖塔だけ提案すれば良いコンペではないはずと思います。

日本では3.11以降、吊り天井脱落対策による一連の技術基準告示「特定天井(建告771号)」が施行されています。そういう安全対策の一石になるような技術提案も踏まえなければ同じ過ちを繰り返すでしょう。日本の建築家の中にも応募する人がいるのではないかと思うので、パリが称賛するに値する提案を希望します。

現聖堂は目に見えない入れ子の構造を持っています。
はじめ、12mの高さの《旧ノートルダム修道院学校聖堂》が同じ位置に建っていて、マトリョーシカのごとく覆うようにして建てられたのが現聖堂といわれています。高さ(天)への挑戦の歴史とロマネスク様式~初期ゴシック、19世紀に高さを増やして再建されたゴシック・リバイバルの尖塔でわかる通り、混在する様式と落雷による損傷含めその改修の痕跡を理解、フィードバックしながら21世紀の、のちの人類がこの厄災への哀しみを乗り越え、現代人が叡智を集めて遺産を託してくれたのだと感じてもらえるような修復と再生を行ってほしいです。つまり5年で済むような話ではないということです。

そして、これは正しく聖堂です。
それは楽器としての建築、身体を表した器官としての建築です。
これが大聖堂の最大の意味です。"パイプオルガンから出た音は空気なのか?"という論争が起きるほど外界と縁が切れた場所が教会であり、もともとあった《旧ノートルダム修道院学校聖堂》のロマネスク様式の空間は良いエコーを醸し出し(それ故ゆっくりとした歌い方でないと反響して聞き取れないという、空間が導いた歌唱法)ていたのが、それを覆うようにゴシックに改築され、天井が高くなったために良質なエコーが消えてしまい、聖職者たちは何度も歌い方を試して後の記譜法やドミソの和音を開発したと言われます。

ヴォールト天井や天に和音を届かせようとした尖塔の焼失は響きを失った楽器であり、心臓を失った身体そのものであることから、奇抜な意匠を思考する以上に、まずその機能不全を認め、現代のテクノロジーで音を取り戻す音響設計の姿勢そのものが問われる。これがこの公募の意義だと感じます。
その叡智が未来に伝えるべき価値となることを願って。

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888. デザインの底力

maemi fuminori [Date 2017-5-30]

She's #lookingup #rotterdam #rotterdammarket #markethall #netherlands

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行ってみたいクレバーな「市場」。

大小問わずこれからの都市・建築に対する考え方に必要なエッセンスが詰まっていて、
個人的にはとても好印象な事例。

暮らしに密着した食の供給のかたち(=市場)を、「家をデザインすること」で複合的に解決している。
(窓が開いてる外殻部分(=建物)が住まいで空洞部分(=トンネル)が市場)

地上を大量の駐車場で埋め尽くすような大型ショッピングセンターはさらに深い洞察を持つ必要があるし、タワマンや公営住宅の未来は少なくとも「食空間と密接にあるべき」だろう。

ショッピングとは何か考え直してもいいし、

購買意欲を促す陳列とはかつて何だっただろうと考え直すのもいい。

各地いろんな食フェスが開催されているが、その一過性の仮設的な場の高揚感(ハレ)を
「恒常的につくる」にはどうすればいいか考え直すのもまた楽しいだろう。

デパ地下的な閉塞感とは異なった、開放的なマーケットの空気感が暮らしには身近に必要だと思う。

この建築ができるに辺り、発注者がどのようなオーダーをしたのか私は知らない。
しかし、「集合住宅やホテルを作ってくれ。市場のような賑わいのある公開空地や広場があるといい」というオーダーだったならばとても見事な回答だと思う。

事業主が建築家や設計事務所にオーダーするということの大義は、決して仕様書通りにパーキングを整備し、安価なスパンドレルを貼り付けて四角く巨大な箱を作りハリボテの内装で演出することではなく、
暮らしを活気づけるために、同時に思わずこんなスナップショットを誰かに見せたくなるような建築を通して、
街の発展をどのようになすべきかを問うことだと思う。
そういう心意気のある事業がこれから増えてほしいと思う。

「市場と街の交流」が視覚的にも、距離的にも分断されるようでは、街は豊かになりきれないという都市現象を建築物のデザイン力(=構想力、企画力、設計力、施工力)で示していて、オランダのデザインに対する国民の理解や強烈な底力を感じる(設計:MVRDV)。

ここで伝えたいのは形の輸入をしろ、こういう形が市場のあり方だということではありません。

※どうしてもご紹介したかったので削除要請がある場合対応致します。

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864. 都市の肌理

maemi fuminori [Date 2017-1-13]

こんな女川町は見たことがない。

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基本設計時の屋根の伸びやかさは大分抑えられ、現実的に納まった駅舎。
今度は電車でも訪れてみたい。きっと高揚感が違うだろう。駅舎とは本来そういうものだ。

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気温が低かったせいもあり、湯温はぬるく感じたが、改札を出てあるのはありがたい。

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展望デッキより。階段でのアクセスのみというのが辛いところだが、レンガ敷の女川港への景観軸が通った明快な構成。
歩いて疲れない距離感と形態の統制で駅前商店街が形成されている。
敢えて言うなら、搬入動線によって店舗に「裏側」ができてしまったことだろうか。
視覚的に回遊性が途切れた環境となっているのが残念だ。
三が日明けもあって賑わっていた。

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企業ともに有名になった今野梱包の「ダンボルギーニ」。お休みだったのが残念。


実際見にいくのが一番ということがよくわかる「街の手本」のひとつとなった。
人生で「街が興る」瞬間に出会うことは希少だからだ。
多くの都市環境はいつの間にかそこにあった場所を受け身のままで慣れ親しみ、街を見ている。
さほど街を主人公に見立てて気にする人は居ないだろう。

都市・建築ほど自分の五感すべてを通して得られる情報量が多い分野はない。
まもなく大震災から六年が経とうとする中で、様々な人が様々な想いで報道や各メディアを通してモヤモヤと感じてきたことが一目瞭然で吹き飛ぶこともあれば、簡単に超えることもある。
また、これまで慣れてきた環境情報の量から一変し、現代的な素材や構成、デザインが立ち現れ、脳は刺激され続けることだろう。
多難を乗り越えてここにある全てを未来につなげることができたらさらに素晴らしい街になるのではないだろうか。

新しさを受け止め前に進む力は大きい。
受け止めるには多くのエネルギーを要するだろう。
新たに学ばなければならないことも多々あるだろう。
もし、書物を通して学ぶことが苦痛なら、良質な街に繰り出せばよい。
街での疑問や気付きをひとつでも汲み取れたなら、それを誰かに話してみるとよい。
優秀な街や建物には必ずなんらかの問いや気づき、刺激をわたしたちに投げかけてくれる。

どの都市も生まれるにあたり難所を乗り越えてきた。
大(都市)も小(都市)も規模で分け隔てする必要はない。
快適さ、清潔さ、明るさ、居てよかった、住んでよかったそう思える環境づくりにシフトしたことが素晴らしい。
須田町長はじめ、内外企業、支援者、コラボレーター、建築家、地元の努力すべてが揃わなければこのような集中的な創造はできない。
逆にそれが短期間で証明できたのは、他の自治体にとっても大きな励みと参考になったのではないだろうか。もちろん、原発立地という前提抜きでは語れない面も大いにあるだろうが。

敢えて、大きな転機が無い限り都市は加齢のままで朽ちる一方である。
かつて綺羅びやかだった「町並みの仕上げ」は劣化し、それだけで人々の心は淀むことさえある。
エイジングという価値観に乗っからない、朽ちるとみすぼらしい素材が多用された街はなおさらである。
昭和中期に流行ったアーケード商店街の劣化は最たるものだ。
路地の舗装、両脇に建つ建築の外観の古びれ、防災上危ない照明灯、電柱や電線、チグハグな袖看板・・・。
これらのカオスを東京らしい、大阪らしいなど評価する一文化もあるし、それを多様性と称する声もあろう。混沌から元気を貰う人もいるだろう。
しかし、それら評価には決して加齢と少子化、財政難、インフラ維持管理という評価軸はない。

この女川町がかつて持っていた「都市の肌理」に対して、この新しい街の肌理は相当に穏やかで、あたたかく、軸線を流れる潮風に万感の思いさえ与えてくれる。
外からの人を迎えるための様々な設えが駅前の花壇のデザインひとつにしても比較的できている。
当然それら設えは、地元の人から見れば誇り高い財産であり、まちの資源そのものである。
さらに引いて見れば、隣接自治体にとっても行ってみたいと思える宝であるし、県単位で見ても同様、それ以上であろう。
言い換えれば、かつての女川やその他のエリアはそのような都市の「肌理」を整えることを怠ってきたともいえるし、そのような宝を増やさなければならない。

今後、復興エリアはその肌理をどう整えてゆくかが大きく問われているし、非被災エリアの人口減少地域も外の人がどう感じて見ているかを意識してまちづくりを施す必要がある。
わかりやすく言えば気持ちよく買い物できること、そこでしか食べれない食材を雰囲気の良い場所で食べれること、都市との情報格差を縮めることのようなインバウンドへのおもてなしやそれによる収益確保、ひいては地元で暮らす次世代への環境投資である。それらを怠った結果、人口流出は歯止めが効かなくなったのではなかっただろうか。それらの補完を各家庭が担ってきた。
よそ(都市)に出ても恥ずかしくないように親がお膳立てをしてきた。
そこには限界があるのだから、都市が、政策が手綱を締め、運営していく姿勢がなければ最小単位の家庭は苦しくなるだろう。都市の魅力と家庭の努力はつながっているのである。

これからの議員や行政職員は都市経営ノウハウやセンスを磨かなければ、補助金頼みで魅力の掛け算ができなくなりやがて目に見える形で立ち行かなくなるだろう。

追記:ITmediaに以下のような記事もありましたので貼らせていただきます。
杉山淳一の「週刊鉄道経済」

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